<付記:ここに描かれたフィクションは、歴史を廻る一つの思考実験であり、特定の宗教宗派を中傷するものではありません>


田中章滋


 おお、あなたのしなやかに曲げられた棒の中に私の心は球のように置かれている。あなたの命令から毛幅ほども逸れず、背かず、私は水を汲み、注いで、私の外側を洗い清めた。私の内側はあなたの棲家−主よ、それを曇りなく保ち給え。             
               
                  「霊魂の薬」 アブー・カーシム・ジュナイド

真珠が哀れな貝殻が患う病素に過ぎないのに等しく、詩は人間の病いなのであろうか。                                           
            
                   「ドイツロマン派第二部四章」 ハインリッヒ・ハイネ

 
  §『黒オリーブの会』§

 『黒オリーブの会』の主顕節のパーティーで、アドリアン・ドュ・プレシスは言った。「トルコ菓子はお好きですか?」折しも、濃厚なソースの鳥料理を終え、ガレット・ド・ロワとともに供されたトルコ式コーヒーのロマネスクな風味が、会席者の間でひとしきり好評を博した時であった。「パリでも、この頃ではアラブ人街に限らずトルコ菓子を見かけるようになって来ましたが、わたしにとって暫くこの菓子は恐怖の対象ですらあったのです。以前わたしの住んでいた十区は、旧くからのアラブ人街で、回教寺院さえありました。別 段、人種偏見はもたぬ心算ですがわたしはカトリックですし、回教徒の菓子にことさら食欲を感じたことはありませんでした。しかし、ある時この菓子の味覚にとりつかれてしまったのです。」以下はアドリアンが語った菓子に纏る数奇な物語である。


  §アドリアンは語る§

  聖心教会は今や観光名所以外のなにものでもありません。近頃では、モンマルトルから北駅、東駅界隈にかけて生粋の破落戸や、やくざの姿を見掛けることは少なくなりました。元来、パリの暗黒街はジプシーや外国からの流民に端を発するのですから、生粋のという形容詞に語弊がなくもありませんが、アブドゥル・アザールは筋金入りのピガール街のひもでした。アブドゥルはよくこう言ったものです。

  「本物のマクロってえのはね、旦那、決してお客の前に姿を見せちゃいけねえんで。あたしの国じゃハーレムの伝統ってぇものがあるので……客と出くわすとしたらそりゃ客の心臓にナイフを差し込む場合に限ってのこと。あたしの顔を見ながら天国へ行ってもらう訳でさぁ。」

 アブドゥルは異端イスマイリ派であるらしかったのですが、その詳細を明かすことは絶えてありませんでした。彼とは『光輝の書における天使の起源について』の著者エフライム・エジェジップ教授の通 暁を得て知り合ったのでした。程なく、イスラム神学の複雑極まりない教儀とその解釈を巡って何度か議論を交わすうち、お互いの生業について打ち明けるほど親しくなったという訳です。やくざ者が何故、学会有数の神学者と懇意にしていたかは詳らかにはしませんが、彼の学説は概ねこのようでした。従来、キリスト教圏での天使の階級は偽ディオニシウス・アレオパギダの「天上位 階」を典拠とし、熾天使セラフィム、智天使ヨフィエル、座天使ザフキエルに率いられた二十四天使、主天使サドキエル、力天使カマエル、能天使ラファエルによる二十四天使、大天使ミカエル、権天使アニエル、天使カブリエル等二十四天使合わせて七十二天使となりますが、これに対しアブドゥルのそれは、カブリエル、ミカエル、イスラフィール、マーリク、ザバーニーヤ、ムンカル、ナキール、ハールート、マールート、イブリース、マリード、イフリート、ジン、ジャーン、シャイターンと天界から地獄まで切れ目なく無数に続く天使群による神域器官と捉え、これらが父にして同時に母なる宇宙の壮大な 腟 の形に布置されているというものでした。
 しかもシャイタン、即ちサタンも人間を導く霊的指導者の任にあり、恩寵を打ち消す誘惑の義務を担っていると言うのです。これは最早悪魔礼拝以外のなにものでもありませんが、アブドゥールの哲学は常に冷悧で、アラブ人特有の狂信も、オカルティストにありがちな野獣主義的狂熱も見られませんでした。」

 
  §アブドゥルとアドリアン§

 アラビック・ホスピタリティの習慣に従って二人は食事に招待しあう間柄となっていった。気難しく、時に人間嫌いをすら標榜していたアドリアンが、断食月まで付き合っていたのだから、これはすこぶる稀有なことと言わねばなるまい。オスマン朝最後の宮廷料理人を父とするアブドゥルの料理の腕前は、食習慣の違いを凌駕してアドリアンを魅了した。殊に、菓子のレパートリーはアブドゥルが披露したオリジナルを含め数百種に達していたという。ナイチンゲールの巣、大臣の指、婦人の臍、美人の唇、ポンプ菓子、喉の愛撫、法官の口、ゼイナブの手、天馬の卵、イシュタールの乳房、菓子の番人エトセトラ、エトセトラ。
 特に最後の三種はボル地方出身のアブドゥルにとって、世が世ならば約束されていた筈の十二人の宮廷料理人の御用厨房から、皇帝メフメト六世に捧げられるべく編み出された御用達メニューであった。『天馬の卵』は栗を核とし、その回りをシャーレーヤと蜜で練り固めたピスタショの餡でくるみ、さらに全体をホワイトチョコレートで卵様に覆ったトルコ風マロングラッセ。『イシュタールの乳房』は十個のシロップ漬けの胡桃を連ねてユフカに詰め、人形を象って焼き上げ、蜜に浸した後ココナッツを撒いて、さらに目と臍の位 置に柘榴の粒を配したタルト。『菓子の番人』は玉葱或いはモスクを象って硬く焼き締めた団子状のメレンゲであったが、これだけは何か製法の秘密があるらしく、食べることも触れることも許さなかった。アブドゥルは食卓で常にこう説明したという。

 「この『菓子の番人』はね、旦那、食べる菓子ではなくて嗅ぐ菓子なんで。こうして料 理の初めから置いときます。するってぇと、たっぷり詰め込んだ麝香の香りが食欲を刺 激して、教父マホメッドの教える健全なる飲食が行えるので。ですからこの菓子はあた しの食卓を守る菓子の番人って訳でして。神の御名において(戴きましょう)。」


   §アドリアンの背徳§

 ここでアドリアンの口からは語られなかった若干のことを告げておかねばならない。
 ドュ・プレシス家は、フランス歴史学協会編纂の『紋章学年鑑』にも名を連ねた名家であったが、祖父の代にビスマルクへの対独協力の廉によって瓦解し、旧領地のシャトーを売り継ぐことで細々と爵位 を繋いでいた。先代は、かつて枢機卿を多く輩出した家系の捲土重来を願って、アドリアンを神学校に進ませたが、貴族社会の後楯を失った者にそう機会があろう筈もない。アドリアンにもたらされたのは、還俗の憂目と神秘主義への傾倒のみであった。彼は、市井の快楽と罪への好奇心から、ピガールの西、シャトー・ドーに居を定めていた。そこで十年、リセのラテン語教師をしながら書物と夢想に囲まれて暮らしたが、こんな野暮な男に女が寄り付く筈も無い。彼の相手は皆ピガール界隈の商売女ばかり、しかもほんの顔見知り程度のものに過ぎなかった。その商売女達すら、髪が薄くどこかしら女性的なアドリアンを馬鹿にしてこうからかう始末。「ドリー、あたしと寝なよ!あんただったら一スーでいいわよ。」ここではいかなる地位 の男もただの男以外の者であったためしはなく、男本来の値打ちが同時に相手を値踏みすることで決まる鉄壁の掟が支配していた。だが、アドリアンは己の禁欲によって彼女等すべてをイコノグラフィックな妻と思いなしていた節がある。
 そんな自惚れ聖人のアドリアンであったが、立ちん坊のなかに一人だけ気になる女が居た。仲間から真珠と呼ばれていた少女である。ペルルは十六。いつもサン・ドニ門のすぐ傍らで客引きをやっていた。娼婦はきまって胸の大きく開いたタイトな服やホットパンツ、ミニスカートにロングブーツといった挑発的な身なりをしていたが、ペルルはジーンズにブラウスという平均的な中高校生がする服装で立っていた。初めアドリアンはほんの職業意識から、ついでそのこじんまりとした際立った美貌に引かれ声を掛けた。
 「君は幾つ? こんな所に立ってたら商売女に間違われるじゃないか。」
 「あら、あたしはその商売女よ! 間違いなんかじゃないわ。十四の時からここに立ってるもの。」
 「なら学校へ行ってる筈だ。それにどう見ても君の格好は娼婦のじゃない。」  
 「あたしの値段は二百フランよ。それに学校へも行ってるけど、その先生もあたしの上得意だもの。」  

  アドリアンはこの高飛車な態度に気持ちが沸騰するのを覚えた。矢も盾も堪らずこの小娘の鼻をあかしてやりたいという衝動から彼女を言い値で買い、自分のアパルトマンまで引き摺ってきた。部屋に力ずくで押し込められたペルルは「何するのよ! いくらあんたの部屋が近いからって、置き屋の部屋を使わなきゃあたしが怒られるじゃない! あと百フラン割り増しを戴くわ。先払いよ。」といってアドリアンの背広の内ポケットに手をやったがアドリアンは相手のなすがままにしていた。サイフの中が潤沢だったからだ。それを見たペルルは急に態度を軟化させ「見掛けによらずお金持ちなのね。」と三百フランを抜きながら「もう少し弾めばあたしを買い切れるわよ。」と付け加えた。
 この時アドリアンの中である腹黒い計画が沸き起こった。ここでこの小娘を性的に蹂躙するよりは、この少女に新しい理性の教育を施し、天国と地獄の共存する乱れたる天使と化さしめようと。その日から『ヴィアンフィラートル姉妹』めいた筋書きが実行されたのだった。それはペルルに一日一人以上の客を取らせぬ ようにし、足りぬ稼ぎ分を保証する代わりに自らの行状の懺悔と読書による学習を強いるというものであった。ペルルは初めこの条件のたやすい契約を訝かったが、何時の間にか自ら進んでやってくるようになっていった。
 最初のテキストはペルシャ神仙譚で、これはペルル自ら選び気にいっていたものであった。初めてアドリアンの部屋に来た際、半ば呆れたように本で埋め尽くされた壁という壁を眺め回したことは容易に想像がつく、父祖伝来の彼の蔵書はそんじょそこらの聖書学者もかなわぬ 程に充実していたからである。そこから一冊選べというと迷わず波斯語仏語対訳版の十二折り本を手にしたのであった。真紅の背革の列がスウェーデンボルグやスコラ学派のいかにも厳めしい黒や茶の背革よりも目に付きやすかったからであろう。ペルルはアドリアンにとってかつてみぬ ほど有能な生徒となった。またアドリアンの方でも、まさに教師であることを天職と思える程熱心に教授に打ち込み、この身体ばかりか知能までも早熟な少女を、自分の娘のようにさえ思い始めていった。

 このようにして、僅か一年あまりの内にペルルの古典および宗教学の知識は、見掛けの上ではアドリアンの学識に迫る程になっていたが、アドリアンはこの知識欲の旺盛な少女によって、己の観念世界が、さながら白蟻に巣くわれた古株のように侵蝕されるに任せていた。
 今や、アドリアンの個人教授なしでも、ペルルは自らの興味の赴くままにアドリアンの書斎を使いこなし、学校にも行かずに終日書庫に入り浸っていたのである。時には、抹香臭い蒐書の陥穽を埋めるべく、モロッコ革装の明らかに高価な古書を調達してくるほどだったが、それらについてはアドリアンのプライド故か、一切関知しなかった。その多くは文学書に相違なかったが、かつてならそうしたであろうペルルへの干渉も、既に自分の分身であるような思いから計画そのものの放棄へと向っていたというべきか。
 いつしか、一日一人の客引きも、その懺悔の契約も守られなくなっていった。それは、彼女の虚言癖と類い稀な創作力によって、ある時期アドリアンを欺いていたが、過度に文学的な抽象性を帯びるにいたって察知されたのだった。ペルルの告白は『ジュリエット』の言葉使いに酷似していたが、彼はそれすら楽しんでいたもののようである。
 一方、そうした事態にも拘らずこの頃のアドリアンはといえば、急速に親しくなったアブドゥルとの交際に心奪われ、ほとんどペルルのことなど念頭になかったのであった。


§アブドゥルから届いた招待状§

アッラーの他に神はなくマホメッドはアッラーの使徒なり
偉大なる学匠料理人アブドゥル・アザールによる宮廷料理店
『エル・マラーイカ』 一日のみの開店にご招待
ヒジュラ歴一三九二年シャッワール(十月)八日正午より
十区サン・ジュリアン通り十一番地仮店舗にて
(身を潔めて御出でください)
慈悲深く、慈愛あまねきアッラーの御名において


  §アドリアンは語り継ぐ§

  招待状の着信が、『 力の夜 』と呼ばれるマホメッドに聖典が下った日であることから推して、十月八日はアブドゥルの断食行が明ける日でした。そして、信者のみで共有すべき連帯の輪の中に加わる栄誉がわたしにも与えられたのです。わたしがこの日を心待ちにしたことは言うまでもありません。アブドゥルが親しくし、また宮廷祭式にのっとった極上の料理を振る舞われる資格を持つ賓客達との新たな出会いを期待して、その日の為にトルコ帽まで手にいれたほどでした。案の定、それはアブドゥルが予てから計画していた一世一代の大饗宴だったのです。

 その日わたしは明け方から起き出し、ハンマームでの潔めの習慣を真似て入浴しながらニザーミーの五部作を読み、いつになく健康的な朝を迎えました。家紋の縫い取られた礼服を着込み、トルコ帽を小脇にかかえて外に出ると、旅立ちに似た爽快な気分に呼応するように、街は秋晴れの素晴らしい陽気でした。いつも見慣れたサン・ドニ門の重苦しい暗灰色の浮き彫りも、色付き始めたマロニエ樹の黄金色の葉群に照り返されて輝いて見えました。正午までの時間を、メトロのアール・ヌーボー調の古い客車の一等席で潰すことにしたのですが、まるで子供のようだとお笑いにならないでください。シャトー・ドーとサン・ドニの僅か一区間を時計回りと反時計回りに、パリをほぼ二周もしてしまったのです。
 『エル・マラーイカ』は牡蠣料理店『海軟風』の角向かいにあった馬肉卸商を改装したものでした。その前を何度も通 っていたのに気づかなかったほどですから、それが極めて短い工事であったことが窺われます。にも拘らず、一部にモザィク様の肉屋共通 のタイルを残したその外観は、ビザンチン教会をことごとくモスクやミナレットに改築してみせたオスマン・トルコの折衷の妙を思わせる唐草紋様で取り巻かれていました。ファサード風に、あるいは天幕風に舗道に突き出したテント地の仮設の入り口は、無闇に入ろうとするものを容易に退ける類いのものでしたが、詰め襟に赤いトルコ帽を被った人士が次々と中に吸い込まれていくのを見て、幾分気後れを感じていたわたしも意を決し、手に持っていたトルコ帽を頭に乗せ中に入っていったのです。
  『エル・マラーイカ』の屋号の下にアラビア語、ペルシャ語、現代トルコ語、ラテン語、ギリシャ語で細かく今日のメニューが載った偏額(ブラッスリーによくある型の)を吊した戸を押し開けると、ぬ っと褐色の肌をした男が立ちはだかりました。中はかなりざわついた様子がみてとれましたが、丁度なにかの儀式が始まろうとしているところでした。男の疑り深そうな、険しいまなざしに一瞬たじろぎましたが、招待状を差し出すとメウレウィー教団風の白い衣装と花押入りのカードを手渡されたのです。
 そこはさながらウスクダルの市場かと思えるほど様々な人種の眼、鼻、口、髪の集まりで、皆一様にトーガを羽織っていましたが、品格の有無によらず男ばかり四十人程がひしめく奥行きのある店内は、異教徒の眼には威圧的でした。中にエジェジップ教授の姿を見掛けなかったなら、わたしは最後まで萎縮した気分のまま、身動きもままならなかったでしょう。
 「ここで君に会おうとは思っても見なかったねぇ、ドュ・プレシス君。君は改宗したの かね?」
 教授が回教徒であったとは、その日その時まで露知らなかったのですが、わたしはアブドゥルへの紹介の礼を述べ、その芸術と哲学を賛えました。
 「ハッハッハッ、学匠料理長アザールの菓子の魔力に憑かれたという訳だね。しかし、 今日は単なるパーティーとはいかない。君も覚悟をしておかねばならんよ。」    

 教授の意味深な口調の理由は程無く了解されました。入店してからずっとヴェーヴェーと獣の鳴き声のような音がしていたのを、てっきり楽士が入っているのだろうと思って気にもとめなかったのですが、これからアラブ式の仔羊の屠殺が行われるというのです。店内は決して狭くはなかったのですが、天井が高いせいか回廊のように細長い印象を与えました。その一番奥の、厨房に通 じるマントルピースの上の壁に、刃先の少しずつ異なった実に夥しい数のナイフが掲げてあり、それらのうち、『ファーティマの手』の形に飾りつけられた五本が今日の犠牲動物のために使われるとのことでした。
 まだテーブルも食器の類いもまるで用意されておらず、朝から何も口にしていなかったことが悔やまれました。教授にそのことを打ち明けると「まだ飲み物も水煙管もご法度なのだが、君は特別 だ。」と側にいた給仕役の少年を呼び紅茶を取り寄せてくれ「さあ、祭礼が始まる。君も招待客の礼儀として正午の礼拝式に参列したまえ」といって平伏低頭の礼拝動作と唱句を教示してくれました。正直言って、この時は後程教会に懺悔にいかねばという懸念と同時に、罪故の幸福とでもいった、一種痺れのような得体のしれぬ 快感が走りました。会席者一同が腰を折り畳んで、メッカのある方向に向かって小波のように祈りを捧げている姿は、胸を打ちます。ましてそこに自分が同じ様にしているのですから、格別 な思いがしない筈はありません。ふと、自分がルネ・ゲノンにでもなったような気がしました。

 礼拝式が一通り終わると、入り口で番を務めていた肌黒い男を含む三人組が広間の中央に進み出て、旋回舞踊を舞い始めました。そこかしこから、山犬の遠吠えのように長い唸り声でコーランの歌唱が響きだし、不規則な鼓の音も混じりだしました。それは実にゆったりとした眠気を誘うリズムでしたが、踊り手たちは永遠に回り続ける独楽のように旋回を繰り返しながら、徐々に忘我の境地に入っていくらしく、首をのけぞらす度に円筒状の丈の高い帽子が単調な回転に変化を与えるのです。空腹と眩暈とから来るエクスタシーの共有とでも言えばよいのでしょうか、観ている側にもある種の酩酊感が伝わってくるのです。
 いよいよ仔羊の屠殺の番です。屈強そうな若者に羽交締めにされ、仔羊が悲痛な叫びをあげながらマントルピースの下に置かれた大きな金盥の前に差し出されました。待ちに待ったアブドゥルの登場。肩から脇へとかかる前掛をしているものの、血のように赤い腰帯を巻き、宮廷料理長の制服を着た晴姿はいつもの彼とはまるで別 人のような迫力が感じられました。服装ばかりではありません。白髪混じりのカイゼル髭を斧の刃、否、猪の牙のように整えたその上からは、岩をも貫き通 すかと思える程の鋭く血走った眼光が放たれていたのです。
 禊の聖句を唱えながら彼は最初の一撃で仔羊の喉笛を見事に掻っ切り、その血を残らず金盥に絞り出すと、あとの四本のナイフを軽くそこに浸しては、綺麗に剃りあげられた自分の頭と贄の額に血染めの星型を描いて行きました。ここからは料理人としての腕の見せ所です。その場で、手早く喉元から十文字に獲物の皮を切り裂き、みるみる内に仔羊を赤裸にするや、恭しく掲げながら厨房に去っていきました。それはまるで古いドキュメントフィルムのように早回しの光景に見えました。  
「さあ、いよいよ断食明けだ。ドュ・プレシス君、大いに饗宴を楽しもうじゃないか。」そう言って教授はわたしを壁際の方へ誘い、他の客達も一斉に壁際に退いて、店の外から運び込まれてきた長大なペルシャ絨毯の為に場所をあけました。絨毯のロールが解かれると、それまで飾り気の一切感じられなかった店内に一瞬にして芥子畑が現れたかのように艶やかな景色が拡がり、皆の間から感嘆の声がどよめきました。それから程無く続々と東洋陶磁の什器、細工も麗しい金銀の盆や盛皿、肘掛け、ビロードのクッション等が配られ、みな思い思いに大きな車座、小さな車座となって祝宴が始められました。
 断食明けは小さくなった胃をすこしづつ広げていかねばなりません。薄荷の紅茶やスープを匙で啜るのが常の筈ですが、この時はアペリチフのワインが出たのです。酒? まさかと思いましたが、マホメッドの民に酒は禁物の筈。わたしは周囲を見回しました。エジェジップ教授はなんら臆することなく、隣席する帽子の上から鍔のようにターバンを巻いたトルコ人法学者らしき老人と言葉を交わしながら盃を嘗めていました。聞くのは無粋と思いわたしも一息に盃を干しました。ところがワインと思ったものは、強烈な火酒の類いだったのです。喉から胃にかけてがまるで茹で釜のようになり、顳需頁まで一気に上気してしまいました。
 料理は間断なく次々と現れては会食者の口に運ばれました。その多くは野菜の詰め物や煮物、パテ風のものや魚など、一口の大きさに上品に取り分けられていましたが、メインディッシュといえるようなものはまだ出てきません。怠惰な風情でボンボンのように摘んでは口にする、あるいはカシャク(スプーン)唯一つでスープから魚、サラダ、肉に至るまで全てを掬う、これを際限もなく繰り返していくのです。そうする内に水煙管などを吸い出す者も出始め、ますます頽廢的な気分が横溢していくのでした。尤も、肘掛けに手を凭せ懸けた横臥スタイルの古式な食事ですから豪奢といえば豪奢なのですが…。

 煙草の煙と人いきれで濁った食堂内の空気に、ラム肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始めました。やっとメインの仔羊です。その頃にはわたしの酔いも漸く醒めかけていましたので、味覚が正常に戻ってきていました。入り口で渡されたメニューカード。これにも招待状同様、極彩 色のミニアチュール画が添えられていましたが、その図案は何故か魔女ゴルゴンを描いたものでしたを確かめると、いままでに出された料理の種類は十三種、イシュケンベ・チュルバス(牛の胃のスープ)、ミディエ・ドルマス(ムール貝の蒸し煮)、トゥズ・ウスクムル(鯖の塩漬け)、クル・ファスルエ(インゲンマメの煮物)、バーミヤ・エメイ(オクラの煮付け)、ビベル・タバス(ピーマンの揚げ物)、チー・キョフテ(生肉団子)、クシュ・コンマズ(アスパラガス)、ボレック(トルコ春巻)、プラサ・キョフテシ(ネギ入り肉団子)、シエル(レバー炒め)、ウスパナック・キョフテシ(ホウレンソウ入り揚げ団子)、ピリチ・ウズガラス(雛鳥の網焼き)そして次がクユ・ケバブ(仔羊の蒸し焼き)とあり、これが終われば待望のデザート菓子です。いかなる趣向が凝らされているか教授に話題を差し向けてみましたが、先程から教儀の話に夢中らしく、熱心に隣の法学者をかき口説いているのでした。わたしのしつこい催促に話の腰を折られてか、真顔になった教授は口角泡を飛ばしながらわたしにこう詰め寄りました。
 「君は何を呑気なことを言っているのかね。今、僕がご老人と話しているのは君のこと なんだよ。これは内密にしなければならないことだが、アブドゥル同様に君を信じて伝 えて置く。ここに集まっている我々はトルコ本国で最も危険と見做されているスルタン 寄りの神秘主義教徒なのだ。ケマル・アタチュルクの追放令によって亡国の徒となった が、独自の暗殺結社を組織して今もオスマン朝の再興に尽くしている。ご老人はその長 なのだ。君のことを頻りと疑っている。こうなったからには、君の身の安全の為にもこ のまま我々の教団に加わることを勧める。」

 わたしはこの身の凍るような話を聞かされるまで、ここにいる自分を異国の迷路に迷い込んだ異邦人ぐらいに思って情緒のみを味わっていたのです。宗教学者の多くが研究に研鑚を積めば積むほど限りなく背教的になっていくことから、異宗教間の学際的な情報交換が可能だと漠然と信じていたからでした。このあとは総てのことが肌に粟を生じさせる責め苦の連続となったのです。ケバブの串に怯え、給仕の一挙手一投足に恐怖し、なによりも長老の白内障ぎみの澱んだまなざしが、わたしを捕えて離さないことを意識してからは、その目の神経繊維がわたしの身体にマリオネットの操り糸のように絡みついて、わたしの行動をギクシャクさせる思いに駆られたのでした。……《邪視》、迷信の呪いの目が現実にここにある、と正にわたしは叫び出さんばかりでした。
 折よく、デザートの菓子を満載したベッドのように大きなワゴンを押しながら、誇らしげな様子のアブドゥルが再度登場してきたので、わたしはこけつまろびつしながら彼のもとに縋りにいきました。宴は 闌 です。わたしを認めたアブドゥルは−
  「やぁ、旦那。おいで下さると信じてましたよ。それにその帽子、有り難てぇことです。 アッラーのお導きに感謝いたします。さあ召し上がれ。この菓子の名は《イシュタール の真珠》と申します。こん中にはあたしの愛するラーラ(チューリップ)がたんまり詰 まってるんで。」

といって、中央部を覆っていたパラフィン紙を取り除けると、そこには豊饒の女神デメテールの大理石像かと見紛う等身大の砂糖菓子に、シロップ漬けの果 物と色とりどりのチューリップがあしらわれ、それはそれは見事な出来でした。邪気のないアブドゥルの歓待に触れ、幾らかは落ち着きを取り戻したものの、気を鎮めようとすればするほど、声も手もわなわなと震えて止まらないのでした。最初の失態は、オレンジを丸煮にして拵えた十二個の菓子の乳房の内の大半を滑って取り落してしまったことでした。アブドゥルは苦笑しながらも、極めて寛容な態度を崩しませんでしたが、慌てふためいたのはわたしの方でした。驚いたことに菓子人形のわたしが壊した胸から腹部にかけてからは露わな肌が剥き出されて波打ち、栗色の恥毛まで覗いていたのです。中身は人形かと思いきや女性! しかも眠り姫への接吻の自由のようにそれは差し出されていたのです。身も世もないほど気が動転したわたしは、その場に硬直したように立ち尽くすばかりでした。ここからすぐにでも逃げ出したいという気持ちとは裏腹に……。壊れかけたとはいえ、アブドゥルの芸術を真近に見ようと会食者全員が怒濤のように押し寄せてわたしをもみくちゃにしましたが、そんなことは誰も意に介せず、皆口々に感嘆の言葉や賛辞を呈しては銘々好きな箇所の菓子を鷲掴んで頬ばり始めました。さながら干潟の貝に群がる鶴たちの争奪戦のような有様です。ものの数分も経たないうちにワゴン上の夥しい砂糖菓子は姿を消し、代わりに現れたのはうら若き女性の禁断の肉体と秘部を覆うようにして張り詰められた白いチューリップの花弁のみでした。頭部だけはイスラムの風習に従いチャドルで厳重に覆い隠されていたのですが、それがかえって仮面 のエロスを辺りに発散していました。わたしは菓子を味わうどころではなく、塩の柱のごとくひたすら時の過ぎるのを待ち侘びて佇立し続けておりました。アブドゥルはといえば、いかにも満悦の体で「驚きになりましたかい? ハーレムじゃよくスルタン陛下の無聊をお慰めするために、こうした余興を拵えたものだとあたしの爺さんから聞いたもんでした。」と言いながらわたしの肩にポンと手をおきました。わたしの極度の緊張はそれを機会にみるみる氷解していきました。どうしたことか自分でもまったく解らぬ うちに目頭が熱くなり、ペテロのようにとめどなく涙が溢れ出して止みませんでした。これを深い感動と読み取ったアブドゥルがわたしに抱擁で応えようとした、その矢先です、それまで身動ぎひとつしなかった女神像の黒いチャドルの奥から、囁きが漏れてきたのです。その声はアブドゥルを呼ぶものでした。彼は一瞬それまでわたしに見せたこともない気色ばんだ凄味のある顔をそちらに向けましたが、「失礼」と言ったなり女神のワゴンとともに厨房へと去って行きました。そうした間にもトルココーヒーが配られていたらしく、宴の終了を告げる合図が給仕たちの動きを活発にしていました。顔見知り同志で寛ぎ続ける者、厨房に挨拶を交わしにいく者、帰り支度を始める者などが現れだし、わたしは漸く我に還りました。わたしの不安を苛み続けた法学者もエジェジップ教授もいつのまにか姿を消していました。この機を逃すまじとわたしは紙魚のごとき素早さで『エル・マラーイカ』から脱出したのでした。

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