『磁気の夜』    田中章滋



                                     

  今宵、セーヌの川面 は折りからの嵐によって水位を高め、流れもかなり早いことが窺われた。対岸のサマリテーヌ百貨店の、キング・コングが現れる宣伝映画で知られたサーチライトや、右岸の常夜燈の反映が、激しく縺れ合う河水に揉まれて流れ去るのを、必死に堪えているように見える。
 ポン・ヌフの欄干から身を大きく乗り出せば、遥か下方の橋梁に打ち当たり、音を立てて泡だつ流水の飛沫を受けることさえ可能に思われた。
 こうして夜の河川に見入っていると、入水自殺した有名無名の者達の思いが伝わってくるようだ。グロ、シューマン、クライスト、ヴァージニア・ウルフ、老舎、パウル・ツェラン……。夜の暗流には言い知れぬ 不気味さが漂っており、都会の真っ直中であるにも関わらず、太古から人間を支配してきた水への恐怖を呼び覚ます。それは火を神格化し崇めてきた歴史とは裏腹に、水を魔的なものとして畏怖してきた名残りででもあろうか。
 

 ¶男が一人、先ほどから欄干に凭れながら、携帯ラジオに聞き入っている。

--------ガッガッガッガーピピピピピピピー……ラジオラキュールチュール。オーロラの氷原に光る流星群、今宵の『磁気の夜』は霊界特集。まずは第ニ次大戦前夜、大量 の自殺者を出した『暗い日曜日』から。1936年のダミアの名盤をお聴き下さい。

暗い日曜日
腕いっぱいに花を抱え
私は二人だけの部屋に入った
疲れた心で
もう分かってた
あなたは来ないって
私は歌った愛の歌
そして苦しみの歌
私は一人ぼっち
そして噎び泣いた
木枯らしの悲しい唸りを聴きながら
暗い日曜日--------

 ¶男は身じろぎひとつしない。硬直したように頬杖を付き、川面 を見遣っている。男の姿は中肉中背で、月次なブルゾンとスラックス、そして流行遅れのハンチング。何処にでも居る冴えない工員といった身なりは、ブルターニュ辺りの出身か。田舎者には違いないが、街に溶け込むだけの月日を過ごしたかに見える。学生や外国人ではない。パリ郊外にゴロゴロ居る連中。
 パリは何時の時代も、常にこうした流れ者達の住処を提供してきたが、ここが『ガリア戦記』によってローマに加えられてから現代に至るも、ランボーの歌うゴーロワ達の悪い血、即ち百姓共に取り巻かれた都であることは変わらない。

 ラジオは続ける。

--------殖え過ぎると、海目掛けて集団自殺するというレミング。人類種は飢餓や戦争が返って人口爆発を齎すという説に従えば、死のメロディーは環境への福音であるかも知れません。アポトーシス(細胞自死)のシステムによって、私たちは子宮の中で無限にメタモルフォーズを繰り返し、進化の過程をドラマティックに演じ続けています。死もまた新たな精神への宮居であるならば、私たちの人生も、死の潜戸を抜けることで進化する、とは言えないでしょうか。そんな暗い衝動のドキュマンをお聴き下さい。

 《或る夢遊病者の記》

 夜、誘蛾灯の青白い光が空を紺色に明るませ、星が泣いているように潤んでいた。鯨骨のように電線と線路が縞模様を描く操車場。列車の格納庫が、死んだ蛹のように灰色く萎びている。宛ら雪面 に照り映える月影のように、均一な冷たい光が全体を舞台の書割りに見せている。一台のディーゼルカーが、低い唸り声をたてて、微速度でゆるゆる滑り出し、間近の踏切の信号機を突如けたたましく明滅させる。辺りに人影らしきものは何処にも見当たらない。
 唯一ディーゼルカーの運転手が居るが、それも黒板のように光を吸い込んで、シルエットだけになっている。全てが冷え冷えとした殺風景な世界だ。粉砂糖をまぶしたように、そこが寒色に染め上げられていたからだろうか。僕は裸で線路の上に立っていた。否、裸のように感じているだけで、衣服は着けていたのかも知れない。ただ沁入る寒さに震えながら、体が異様に軽く感ぜられたのだ。足裏に線路の蛞蝓のような感触が伝わり、その上を僕は滑るように進んでいた。丁度ディーゼルカーが向かってくる方向に。
 前方で線路の切り替えポイントが複雑に絡み合っていて、そこから先、僕の辿る行方が籤のように予測できない。大きな紡錘形のタンクを背負った貨車が、ディーゼルカーの背後に巨大な蛾の卵のように控えている。ああ僕は、このディーゼルカーに轢かれるために、歩いているのだなと予感した--------。

 ¶女が一人、欄干の男の脇を過り一瞥を投げたが、一瞬はっと驚いて、蹌踉けるように早足に逃げ去った。何を見たのだろうか? 男に死相でも現れていたのか。

 彼の様子がどんなに危うかろうと、私は彼を助けないだろう。奴さんが如何にもの思いに沈み、今正にセーヌに身投げするかに見えても。辺りに人気がない訳ではない。ポンヌフの他の街灯の下では、あられもなくいちゃつく恋人たちや、呑んだくれの浮浪者の姿も見える。初夏のこととて、九時に日が落ちたばかりだ。

 それより何より、私が誰か語らねばなるまい。私こそは観光客に他ならない。曾てこの街に住んだとはいえ、最早それも遠い昔のこと。若き日に文無しと失恋の痛手で、蹌踉としてして街を彷徨い、気がつくとポン・ヌフの欄干に凭れていたのだった。春まだ浅い頃、セーヌの水は低かった。酒をしこたま呑み、辻音楽士から奪ったハーディ・ガーディを抱いたままセーヌの川面 へ。以来、私は浮遊し続けている。ハーディ・ガーディと共に。
 時たまラジオの短波で、或る歌を奏でることもある。弦を爪弾く訳でなく、共鳴胴を喉のように響かせるのだ。それにはただハンドルを回せばよい。「楽士を連れてこい。笛や太鼓の鳴るかぎり続けよ。退屈な花嫁におもいきり尻をふらせよ。毎日結婚式がある筈はないのだから。ヤンは昔ながらに上手に踊り、おいらは笛の音を聴く。そしておまえは拍子をとりそこなう。だが、花嫁は踊りをやめる。それもまたよし。甘き蜜に満ち足りてるのだから」といった風に。

 ¶男を観察しよう。彼は河を見詰め続けて居る。

 ラジオが鳴っている。

--------エマニュエル・カントの『形而上の夢によって説明されたある視霊者の夢』をどっち付かずの幽冥境とすると、私たちは夢に取り憑かれてい るのか、それとも夢に取り憑いているのかという、別の生に参入していることになります。懐疑とは観念の欠伸なのかも知れません。そしてタナトスは眠りの同胞。

 《CM》

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--------スウェデンボルグは、物質は連続しながら大きくなる粒子の組で出来ており、各々の粒子は連鎖的に変動するエネルギーの閉じた渦動で構成され、その渦が限りない速度で回転するため物質として見えると唱えました。これは霊界を説明する画期的な説として捉えねばなりません。速度の違いによって見えぬ 世界があるとも同時に言っている訳ですから。今一つのドキュマンをお聴きください。

《不可知の夜》

 世界が地獄の業火に包まれたように赤く染まっていた。遠くの空で稲妻が鳴っているか、街一つ燃えているような光景 が閃いたのだった。その幻影は、晩餐で知人たちと歓談している最中、 突如、赤ワインの渋みと共に口中に広がった景色。そう言うしかない。 私は押さえ難い衝動に駆られ、心の中でその幻を追った。

 ストックホルムの繁華街を行き交う人々の数もめっきり減り、時折り通 りを過る馬車の灯火が、私の影を素早く攫ってはまた私に返して寄越 す。その度に私は眉根を顰め、不快感を覚えつつも、見知った街を家路 へと急いだ。街は昼間の喧噪を忘れたかのように静まり返っていたが、これから起る禍事を誰知る由もない。
 花屋の桶から覗くく青褪めた花々。カフェの前に打ち撒けられた飲み残しのビールの泡。点々と光る舗石に混じった石英。普段なら何の変哲もないそれらが、今夜に限って私の不安を掻立てる。日頃の私の認識力ならば、こんなことはなかろうが、まるで蘭引(らんびき)の中から街を眺めているようだった。否、街がそっくりフラスコの中で私が外からそれらを見詰めていたのか。私は譫言のようにそこに観察されるものの様子を口にしていた。

 いつしか私は家路を逸れ、ガムラスタン地区から街を見下ろすソーテルマルムへ、そしてまたノッルマルム地区からエステルマルム地区へと橋から橋へと彷徨い続けた。
 やがて袋小路に入り込んでしまい、幽かに水音のする方へと辿っていくと、運河の極めて小さな支流が、ニ軒の建物に挟まれて地下に流れ込んでいるらしく、唐突とも思える階段上の橋が視界を塞いでいるのであった。
 その階段橋を渡り切ると行き止まりの壁に、施錠されていない小さな鍛鉄製の潜り戸がついており、そこを開けると驚くまいことか、私のよく見知った界隈であった。そこは火の海と化しており。地下水道が沸き立って水蒸気が辺りを濛々と包み、同時に向かいの建物の窓々から火柱が、サラマンダーの舌嘗めずりの如く目紛しく爆ぜていた。さながら失敗した錬金術の実験のような惨状であった。
 

 私は驚倒し、これらストックホルムの火事のヴィジョンを、晩餐会に同席していた参会者たちに詳細に語ったのであった--------。
 

 ¶ラジオ番組はそろそろ終わろうとしている。欄干の男にはまったく変化が見られない。そろそろ私の出番であろう。ラジオコントローラーの起爆装置のスイッチを押せばいいだけだ。ラジオはエンディングのナレーションに入っている。

--------短波ラジオのバンドをちょっと捻るだけで、我々のメッセージを聴くことが出来ます。霊界通 信機などという大それた装置は必要ありません。あなたのすぐ傍に、私たちの放送曲はあります。耳を峙てれば、電話や、風の音や、水の音、万物が流れる音の中に磁界が発生し、そこは『磁気の夜』。それでは皆さん、またオーロラの彼方でお会いしましょう-------。

 ‖番組が終わるや否や、欄干から大きく身を乗り出していた男の頭は、まるで断頭台で裁ち落とされたように、セーヌめがけて落ちていった。癇癪玉 の反響と硝煙の臭いが間の抜けた花火を思わせたが、後に残された血塗れのトルソーに気付いた人々によって、大きな騒ぎに発展する気配であった。

 

《某月某日リガロ誌美術欄》

 橋を梱包したり、蝋人形やマネキンを街に持ち出す傍迷惑なパフォーマンスを、是認すべきか否かは最早論外である。しかしデカルトが如何に自動人形の愛好者であろうとも、そのピグマリオニスムは密室でこそ密かな逸楽としてのみ是認されよう。まして今般 の<死体彫刻>なる許しがたいパフォーマンスをアートとすべきか否か、正に我々の良識が問われんとしている。