田中 章滋



 この館に住んでどの位いになるだろう。パリの郊外、モンフォール・ラモリにあるモーリス・ラヴェルの家に似て、戸口や窓、部屋の家具調度から食器に至るまで、ことごとく小振りに誂えられたこの建物は、閉所嗜好のわたしにはすこぶる居心地が良かった。一体いかなる設計者の意図に基づくものか、ここには空間とそこに住まう精神が、正に貝殻と貝との緊密な構造となるような絶妙な造作が施されていたのである。  ところが、このディオゲネスの樽とも言うべきわたしの楽園に異変が起こり始めたのだ。荘園を見晴らす書斎の窓から、不意に石が投げ込まれたり、書棚の本がすべて覆されていたり、誰もいない筈の部屋で喚声がしたりする。行ってみるとそこにはひっくり返った料理や皿、飲み残しのワイン等が転げ、乱痴気騒ぎの後を思わせる散らかり様である。こんな無礼を働くのは子供に決まっている。さもなくば、余程わたしに悪意を抱いている者の仕業に違いない。
 そもそもわたしは子供という生き物が不気味でならない。少年の頃、大人と見れば優しい女族も、轟き渡る声で喋る男族も、皆等しく巨人と映ったその感覚の儘、長じた今では反対に子供が悪辣な侏儒に見えてしまう。だからわたしは、わたしの領分に奴等の姿を見掛けるや、すぐさま退治に向かうことにしている。奴等の無法を到底許しては置けぬ からだ。侏儒の中でも最も質が悪いのがコボルトだ。いつも泥塗れで不潔なうえ、逃げ足が極めて迅いときている。言葉で説明するよりムソルグスキーの『展覧会の絵』を聴いた方がその性格がよく掴めるであろう。コボルトは主に夜陰に乗じて徘徊しわたしの安眠を掻き乱す。  

 かくしてわたしと見えない敵との悪戦苦闘が始まったのだった。待ち伏せや仕掛け罠、およそありとあらゆる狩猟法を駆使したが、奴等を捕えることはおろか、その姿すら垣間見ることが出来ぬ のだった。
 そんな侏儒とのイタチごっこに精も根も尽き果てたわたしを慰めるかのように、或る日、妙齢の貴婦人が我が家を訪れた。喪にでも服しているのか頭から爪先まですっぽりとベールを被っており、直に触れることは出来ぬ のだが、そのシルエットから抜群の美人であることが窺えた。その貴婦人の曰く「宅の子供たちが先様に大変ご迷惑をお掛けしているそうで、今日はお詫び方々ご挨拶に参りましたの。以前こちらのお屋敷に住まい致しましたことがありますもので…」ついてはこの館には秘密の抜け穴があり、子供達が勝手に入り込まぬ ようそこにしっかり施錠をして欲しいと懇請する。  
 わたしは事情が事情なだけについうかうかと彼女を招じ入れ、自分の家にも拘らず後をついて行った。辿り着いた部屋はいつも荒されて居た二階の塔になっているサロンであった。中ではまたぞろ悪戯が始まっているらしくどかどか人が走り回っている気配がする。カッとなってドアのノブに手をやったわたしを制し、居住まいを正した婦人が大きくノックを二度すると、中から一際甲高い声が「入れ!」と応じた。

 室内は今しもガラスや陶器が割れる派手な音や、楽隊のラッパ、太鼓を打ち鳴らす響きまで打ち混じり、凄まじいばかりの騒音に包まれていた。が、どうしたことか人影らしきものがない。婦人を追って部屋の中央の大卓まで進み入ると、向こう側、ちょうどテーブルの高さぎりぎりの所に、幾つもの大頭が行ったり来たりしているではないか。それまで楚々としていた女がさっとベールを脱ぐと、今の今まで顔だと思っていた位 置には、棒馬のように筒先に挿げられたハリボテの仮面が揺れるばかり…。その下にその人形を操りながら大笑いする侏儒の姿があった。騙されたと思う間もなく、「やっちまえ!!」、「それっ、たため!!」というけたたましい叫び声とともに一斉に袋叩きにあい、わたしは手も無く奴等に捕まってしまったのだった。  
 
  それ以来、わたしは彼等のコレクションと化している。


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